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書けるようでなければ本物ではない!
最近、自分が演奏する曲は、
それが、ソロであれアンサンブルの作品であれ、
自分自身の楽譜を完成しなければ、
どうも、気がすまないような感覚が強くあります。

つまり、アーティキュレーション、運指、
強弱、ペダル…などなど、
自分が最終的に取り決めたものを、
このまま印刷に出せると思えるほど、
完璧に、そして綺麗に清書しなければ、
どうも気持ちが落ち着きません。

そうすることで、頭の中を整理し、
決定版を視覚から脳裏に焼き付けることを、
自分が欲求しているように思います。

何かの目的意識を持って、また、誰かに強制されて、
このようなことをやり始めたわけではなく、
色々なことをやっているうちに、
このやり方に落ち着いてきたのですが、
私には、この方法は、いろんな意味で、
実践上の役に立つようです。

もちろん、このやり方には、
プラスマイナス両方あるでしょう。
第一、時間がかかります。
いくらなんでも、本当に印刷するわけではないのだから、
そこまでこだわって、何度も清書し直す必要もないのでは?と、
自分でも思ってしまうのことがしばしば…。
ただ、やらなければ気がすまないのだから、
仕方ないですよね…。
こういうのをその人その人の、
やり方、つまり、独自のスタイルというのかもしれません。

私を指導してくださった先生の中に、
自分が演奏することは、
「サーッと譜面に書けるようでなきゃ本物ではない!」
といった方がいらっしゃいますが、
なんとなく、それがわかるような気がする今日この頃です。
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【2007/12/21 00:02 】
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