大葉
先週、母が遊びに来たときに持ってきてくれた大葉の一枝。
実家の裏の畑に生い茂っているものなのですが、
グラスに生けたままでは長持ちするはずもないので、
全ての葉っぱをちぎって、天ぷらにしていただきました

大葉の香りは、和食独特の香りで
膾に良し、刺身のつまに良し、天ぷらに良しで、
私の大好物の一つなのですが、
これが、スーパーではかなりの値段で売られている上に、
大葉は虫がつきやすいので、市販のお刺身などに入っているものは、
結構な量の農薬が使われているとういう話も、聞いたことがあります。

でも、うちの畑の大葉は正真正銘の無農薬大葉なので、まず安心!
確かに、虫食いでところどころ穴が開いていたりもしますが、
これは、逆を返せば、化学薬品の影響を受けてない証拠!
言ってみれば、香りの強いただの葉っぱですが、
これが、ビールに良く合うんですよね〜

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【2007/07/31 01:44 】
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ハードルの高さ
生徒に対する要求の度合い、
つまり、ハードルの高さを高くする時、
要求された方は、大体、
後退することを要求されたように錯覚します。

なぜなら、音楽の質を高めるためには、
今現在では知覚できていないことに、
敏感になってもらう必要があるので、
ゆっくりさらうとか、片手でさらうとか、
初歩の生徒には退屈と感じられるであろう、
基礎的なリズム練習などを徹底的にやることを、
要求せざるを得ないからです。

受け取るほう側は、当然、
これまで“できる”と思っていたことを、
“できない”と感じるようになるので、
そこに大きな葛藤も生まれます。

乗り越えてしまえば、何てことないのだけど、
これが、実際に辛抱のいることで、
言葉で説明するほど簡単にはいきません。
わかってもらおうとする側も、わかろうとする側も、
最も必要とされるのは、あきらめることなく、
その問題に取り組み続ける忍耐力です。

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【2007/07/30 00:37 】
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心を解き放つ時間
日常の全てから開放されて、何も考えなくていい一日。
ヨーロッパのバカンスのような、そんな時間を持つことが、
ほとんどなくなっている自分を、時々恐ろしく思うことがあります。

勤勉が命の日本で生きていくためには、
そんなことの必要性など叫んでいたのでは、
路頭に迷ってしまうのがオチという現実が目の前にあるので、
ついつい、自分もその感覚に順応してしまうのですが、
これは、決して褒められたことではないということも、
実は、長いヨーロッパ生活を通して、
自分自身が、肌身にしみてよく知っているところのもの…。

心を解き放つ時間の必要性を感じます。
明日のことも明後日のことも、いや今日一日のことでさえ、
難しいこと全てを忘れて、気の向くままに時間を過ごしてみる。
そんな他愛もないことが、自分の更なる成長のために、
実は、最も必要なことではないかと、
なんとなく、そう思うことがあるのです。

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【2007/07/29 02:35 】
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花火とピアノ
夜空に次々と打ち上げられる大輪の花火。
大空というキャンバスに描かれるこの光の芸術は、
ピアニストが奏でる美しい音が、
その美の瞬間に消えてしまうように
美しい姿をその場にとどめることなく、
一瞬に内に消え去ってしまいます。

それは、あまりにも美しすぎて、あまりにもはかなく、そして刹那的。
求めても求めても手に入れることのできない幻想のように、
その瞬間だけが最高に美しい。

そこには、時間芸術の中だけに存在する、
狂おしい心の世界があるように思います。

私が、数ある芸術の中から音楽を選んだのは、
もしかしたら、その刹那性故だろうか…?
光を放っては消え行く花火を見ながら、
ふと、そんなことを思ったのです。

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【2007/07/28 00:17 】
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ブレーキ機能
習得中の曲が仕上がってきて、
俗に言う“手についてきた”ころになると、
私は、ブレーキがききにくくなってしまう傾向にあります。

つまり、もはや思考の助けを借りなくても、
条件反射的に指が動き、
自分にとって心地よいテンポで弾くことに、
あまり苦を感じなくなるので、
ついつい調子に乗って、感覚任せに走ってしまうのです。

もちろん、感覚に頼るということは、
ある意味、人前での演奏において重要なことで、
本来、頭に頼っているうちに、自分をステージに上げてしまうと、
ろくなことにはならないのですが、
感覚任せが行き過ぎてしまうというのも怖いもので、
逆に、起こってしまうとすれば、
少々のことではすまない重傷事故…。
ブレーキ機能が弱いというか、
理性の歯止めがきかなくなるというか、
どうも、私は、その辺のバランス感覚が悪いわけで…。
ただ、いずれにしても最悪の事態は避けたいので、
そのために、この時期だからこそ、
よく心して最後を詰めていかなければなりません。

超ハイスピードを出せるアクセルを自在に使いこなすには、
それに見合うだけの、精巧なブレーキ機能が必要です。
表面的には自由奔放で、気分に任せているようでありながら、
水面下では、いざという時に備えて、
しっかりと幉が握られている…。
そんな演奏を目指したいものです。。

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【2007/07/27 00:21 】
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知識が邪魔をする
音楽に関して、本当に色々なことを良く知っていて、
うっかりすると、突っ込みを受けかねない生徒というのがいます。
こういう生徒に恵まれたことは、
指導者である私にとって、大変幸せなこと。
なぜって、そういう人にうかつなことは言えないわけで、
そのために、自分の知識に確認を取ったり、
いわゆる勉強の機会を、生徒の方が与えてくれるからです。

しかし、その一方で、
この生徒の豊富な知識と研究熱心は頭痛の種でもあります
つまり、色んなことを良く知っていると、
案外、簡単なことが見えなかったり、
見えていたとしても、
それに根気良く取り組むことができなかったり…。
つまり、結果としてそうなることをあまりにも良く知っているので、
その下側に隠された、見えない基盤、
つまり基礎にあたるものを、悪意なくではありますが、
つい、ないがしろにしてしまうんですね。

ただ…本当はどっちが良いのでしょう…?
逆に、理論を苦手とする生徒も多々いるわけで、
とかく、鍵盤の上で指を動かすこと以外には、
全く興味が向かないというのもあるわけです。
こちらに関しては、当面問題なくとも、
いずれ来たるベくものを考えると、逆の意味で頭が痛いわけです。

さて、この知識が邪魔をする生徒ですが、
先ほど、長いメールをもらいました。
今度やることになった、モーツァルトのある作品について、
練習経過と疑問点が書かれているのですが、
着眼点としては素晴らしく、考察も間違っていません。
ただ…、とりあえず難しいことは置いといて、
楽譜どおりに弾いてきてくれよ〜と、祈らんばかりです。

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【2007/07/26 00:00 】
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夏まっさかり
暑いです
梅雨明け宣言にふさわしい、蒸し暑さ。
除湿で湿度管理が完璧なレッスン室から出てくると、
ぐったりです

夏は決して嫌いなシーズンではないのですが、
さすがに午前中は、身体がほてってぐったりしでした。
でも、本当の原因は、
夕べのワインだったりして…(^^;)。
【2007/07/25 00:21 】
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赤ワイン
一年前、同僚のバイオリニストからいただいた、
引っ越し祝いの赤ワイン。
ずっと、開ける機会を待っていたのですが、
北海道から友人が訪ねてきたので、
一緒に楽しみました。

ワインには、赤・ロゼ・白とありますが、
ワイン通にあ、赤ワインだと言われます。
…というのは、赤ワインというのは選定が難しく、
本当に美味しいものを見つけるには、
かなりの知識が必要らしいのです。

…で、今日開けた赤ワイン。
ボジョレーの新酒なのですが、
これが新酒とは思えないくらいのコクの深さ。
もともとがお酒の好きな二人で、
あっという間に一本空けてしまいました。

喜ばれる贈り物を送るって大切なことなんだな〜。
ワインをプレゼントしてくれた彼女の気持ち思いながら、
久々に会った友人と、楽しい一時を過ごすことができました。

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【2007/07/24 22:00 】
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たった10分…
本番前に曲が仕上がってくると、
必要であろうとなかろうと、いつもの癖で時間を計る。
そして、思ってしまう。
“たった10分…。”

10分の曲といえば、聴く人にとっては、
目の前を蚊が飛んでいくようなもの。
でも、難易度は、必ずしも曲の長さでけでは計れないわけで、
短い曲でも内容が複雑だったり、技術的に難しい場合、
また、自分の苦手分野の作品だったりすると、
準備に要する時間は長大で、
演奏時の精神力たるやフルマラソンを走る気分。

毎度の事ながら、なんとも割に合わない話だと、
思うわけであります…

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【2007/07/23 00:07 】
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何のために…?
私は何のためにピアノを弾き続けるのでしょうか?

私は、それに対する明確な答えを持ちません。
しいて言うなら、明確な答えを持たないことが答えです。

例えば、誰かに恋した時、
その恋心が本物であれば、その人を好きな理由などありません。
彼よりもっとカッコイイ人は他にいっぱいいる。
彼よりもっとお金持ちで立派な役職に就き、
自分に贅沢をさせてくれる優しい人も、他にいくらでもいる。
彼は、なかなか私の言うことを聞いてくれないし、
時に、冷たく私を突き放し、
喧嘩すれば、コテンパンに私を打ちのめしてくれる。
彼と一緒にいて、得になることなんて一つもない!
あぁそれなのに、それなのに、私は彼のことが大好きで、
もっともっと彼のことが知りたくて、
考えるのは、一日中彼のことばかり。
彼に少しでも近づくための努力なら、何だってする。
なぜ…?
理由は簡単、彼のことが好きだから。

好きであることに、理由いりません。
そして、好きな人は、いつもそばにいて欲しくて、
永遠に失いたくはないのです。

もし、私に、ピアノを弾き続ける理由があったなら、
きっと、私は、とうの昔に、
ピアノなどやめてしまっていたのではないかと思うのです。

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【2007/07/22 01:09 】
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中国産
スーパーで安価に手に入る中国産の製品の安全性が、
大問題になっています。

並べて価格を比較してみると、やはり魅力的ではありますが、
ペットフードを食べたペットが死んでしまった、
などの話を聞くと、やはり怖いですね。
規定量以上の鉛が検出された土鍋の話だけは、
デマであったらしいですが、
食に関わることって、即命に関わることなので、
よく考えなければなりません。

今まで、買い物の時に、
アメリカ産に関しては結構注意を払っていたのですが、
中国産には、アメリカ産ほど神経質でなかった私。
安かろう良かろうっていうのは、やはりないんですね〜
【2007/07/21 01:49 】
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念願の調律
種々の事情から、1年以上も調律しないままになっていた、
実家のグランドピアノを、やっと調律しました。

気になっていたダンパーの状態も調整していただき、
すっかり生き返ったピアノ。
いつもは、レッスンがすんだら早々に退散するのですが、
今日は、22時まで弾いて、それから帰ってきました。

狂ったピアノで練習することは、百害あって一利なし。
それは、調律したてのピアノを弾く時、
いつも痛切に思うのです。

平均律楽器である上に、同時に沢山の音が出せ、
また、ペダルなどという代物があるピアノですから、
調律されているということは、基本中の基本。
泥水のような響きを、頭から浴び続けることは、
避けなければなりません。


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【2007/07/20 00:20 】
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チェンバロ伴奏で聴くイタリア歌曲
車の中でラジオをつけたら、イタリア歌曲が流れてきました。
…が伴奏はチェンバロです。
そうですよね、当時の楽器って現在のピアノではなかったのですから、
この響きが本来の響きなんです。
でも、ピアノ伴奏のイタリア歌曲を聴き慣れた私の耳には、
やはり、少し薄っぺらい響きに感じてしまいます。

古楽器のために書かれた作品を現代のピアノで演奏するのは、
一種の編曲に値するという意見がありますが、
私も、やはりそう思います。

古楽器の演奏に触れるたび、
やはり、こういう時代の作品は、
古楽器奏者に任せておけば良いのではないかな…、
そんな思いが、頭の中をよぎるのです。

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【2007/07/19 22:46 】
音楽・名曲・名演・迷演… | コメント(0) | トラックバック(1)
イメージ
イメージについて考える。

あることの打ち合わせで、
同僚3人が待ち合わせ場所を決めることになったのですが、
うち一人が某ハンバーガーショップを提案したらしく、
メールで連絡が来ました。
私は、すぐに返事を出し了解したのですが、
後日、そのハンバーガショップを提案した人が、
私には、ファーストフードが似合わない気がするので、
その近くのイタリアンレストランの方が良かったのではと、
心配していたという話が伝わってきました

これに類したことが、私にはよく起こるわけで、
たしか以前にも、このことについて触れた記憶があるのですが、
とかく、人から持たれているイメージとその現実が、
えらくかけ離れているのではないかと、
しばしば、驚いてしまうことがあるのです。

結論から言うと、私は、どちらかというと、
安物買いの銭失いタイプ。
ファミレスやファーストフードはもちろん、
回転寿司から立ち食いそばに至るまで、
安くてお腹いっぱいは、最も居心地の良い場所で、
正装して入らなければならない場所に食事に出かけるなんて、
3年に一度あるかないかというところ。

衣服を調達するのは、近くの大手ショッピングセンターで、
ブランド物など一着もないことはもちろん、
宝石を自分で買ったことなど、過去に一度もありません。
まぁ、これ以上のことを書くと、
かえって多大なイメージダウンにつながってしまうので、
この辺でやめますが…

心理学において、しぱしぱ全く一致しない3人の自分。
それは、実際の自分と、
自分がこういう人間であると自分自身が思っている自分、
そして、自分は他人からこう見られてるであろうと、
自分自身が思っている自分。
思ってみれば、この3番目に関して、私は結構無頓着。

無頓着であることが、その他諸々の自分の条件とあいまって、
実際の自分とは、えらくかけ離れた自分を、
外に発散しているみたいです。

この件については、バッハと同じレヴェルで、
今後、要研究ですね…

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【2007/07/18 23:37 】
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不幸か幸運か…
もう、この演奏以外考えられない!
こういう名演に出会った時の感動。
いわゆる、幸せの絶頂です。
そして、感動の中毒症にかかったように、
何度も何度も繰り返してその録音を聴き、
その音楽の虜になってしまいます。

私には、そんな曲が両手にあまるほどありますが、
生きてる間に、その名演に出会えたことを、
最高の幸せだと思っています。
…が、もしかしたら、これって最大の不幸でもあるのでは?
などと思うことがあるのも、また事実。
つまり、そんな名演を知ってしまった曲は、
それ以外のどんな演奏もかすんでしまい、
そのほかの演奏に心が動かなくなってしまうのです。

いわゆる、忘れられない人のようなもので、
そんな人に出会ったがために、一生独身を通す…みたいな。
人は、そんな時、「そこまで好きになれる人に出会えたって、
すごく幸せなことだよ!」なんて慰めてくれたりしますし、
もちろん、それは、確かに幸せなことではあるのですが、
忘れられない本人にしてみれば、囚われてしまった自分の心が、
やはり、苦しくてしかたないわけであります。

夕飯の支度中ラジオを聴いていたら、
「次の演奏曲目はベッリーニのオペラ清教徒のアリア、
“Qui la voce sua soave”」というアナウンス。
一瞬、ラジオを消してしまおうかな…って思いました。
このアリア、私にとって忘れられない人がいるアリアなのです。

留学中にウィーンの国立歌劇場で聴いたグルヴェローバなのですが、
あまりにも完璧であまりにも芸術的な彼女のこのアリアを聴きたくて、
同じ公演を、三度も繰り返し観に行きました。
その後、何ヶ月もの間、一日中そのアリアが頭の中をグルグル回って、
どうすることもできなかったのですが、
つまり、私の耳には、そのグルヴェローバの
“Qui la voce sua soave”がこびりついているので、
以来、誰の演奏を聴いても、魅力を感じることができないのです。

結局、ラジオ放送は、一途の望みをかけて聴いてみたのですが、
やはり、その期待は見事に裏切られ…!
もちろん、美しい演奏でした。
外国人のソプラノ歌手でしたが、世界レベルの歌唱であることは、
頭ではよくわかるんです。

…でも、そんな素晴らしい歌でさえ、
あのグルヴェローバのアリアに比べたら、
やはり、途方もない距離の開きを感じ、
なんだか美しさがぼんやりとかすんで、
感動する心が鈍ってしまうんですよね〜。

その他にも、この手の忘れられない人を、
私は、いっぱい背負っているのですが、
一体、それは幸せなのか不幸なのか…、
際どいところなんですよね…。

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【2007/07/17 23:38 】
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調和の精神
アンサンブルは、調和が命です。
それぞれの演奏者が、個別に達者に演奏できていたとしても、
両者が一緒になったときに、それらが調和していなければ、
達者に演奏できていることの意味は失われてしまうのです。

調和が生まれるためには、何が必要か?
もちろん、相手を聴くということです。
そして、その上で、それに対する自分の役割を考え、
相手のことを考えながら、自分を主張していく。
すると、主張を持った調和が生まれるのです。

でも、これはアンサンブルに限ったことではなく、
(ことにピアノにおいては)ソロ演奏でも、実は同じなんですよね。
ピアノソロとは、一人でアンサンブルを担うこと。
すなわち、ピアノ演奏者には、
常に調和の精神が必要なわけです。

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【2007/07/16 00:37 】
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打ち上げとアルコール
本番には、打ち上げがつきもの。
そして、打ち上げといえばアルコール。
アルコールが入らないなら、打ち上げはないほうが良い、
などと言っては、言いすぎでしょうか…
でも、そう思うんです。

今日は、バイオリン伴奏のお仕事でした。
そして、終了後は盛大な打ち上げでした…が、
事情により、どうしても車で行かなければならなかった私は、
アルコールご法度!
う〜ん、これはやっぱり、相当のストレスでした。

乾杯用に皆さんが注文した生ビールに囲まれて、
私が手に持ったグラスにはジンジャーエール。
もちろんこれだって、氷が浮かべてあり、
冷たくて、とっても美味しいんですが、
なんて言うんでしょ、いくら飲んでも渇きがいえないんですね〜

…というわけで、家路に着いた今、
冷蔵庫から、缶チューハイなど取り出し、
ようやく、「これでホッと一区切り!」気分を味わっている私であります。
【2007/07/15 23:15 】
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欲のない生徒
本当に欲のない生徒がいる。
これは、良いことなのか悪いことなのか…、
一概には言えないというのが私の意見。

つまり、彼女は非常にスローペース。
でも、興味がなく練習を全くしないのではなく、
ただ単に欲がないというだけ。
宿題に関しては、本当に最小限しかやってこない。
つまり、できるだけで良いといういうと、
本当に8小節だけ片手ずつでやってくる、
テンポについても一切無理のない超ゆっくりが、
2週間も3週間も続く…という感じ。
ただ、一概にそれが悪いとも言えないのは、
やってきていることに関しては無駄がない、
つまり、練習の進め方はまったく問題がないから。

それに対して一方では、非常に欲の強い生徒もいる。
明らかに、膨大な時間をかけてさらってあるし、
やってきている量も半端ではない…ただ
そのやり方に大いに問題があり、
出来上がった曲は間違いだらけというのもある。

この場合、次の時までに4小節だけでいいから、
正確に練習しておいで、と言わざるを得ないのだが、
結果として、あまり練習するなという指示を出すことになるわけで、
実際、これを言う私は、かなりのジレンマに苦しんでしまう。

この相対する性格と練習傾向は、
ほとんど同居することがありません。
本当に欲があるからこそ、大変に慎重で且つ上手に急いでいる。
この理想を目指したいものです。

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【2007/07/14 23:28 】
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からたちの花
日曜日の本番で演奏する、バイオリンとのデュオ「からたちの花」。
このアレンジが、すごく良いアレンジなんです。
残念ながら、誰の編曲か表示がないのでわからないのですが、
合奏作品として、すごく良くできていると思います。

自分がアレンジする時も、
そのような技法を用いることが多いですが、
私は、合奏者のアレンジは、
両者に半々の主張部分がある方が好きですね。

しかし、この「からたちの花」、
美しい作品で、山田耕作の豊かな才能を思わせます。
曲中で2拍子3拍子を頻繁に交代させることによって、
歌詞である日本語のリズムを、自然なまま残しているので、
聴いていると、誰かに耳元で優しく語りかけられているような、
そんな錯覚を起こしそうです。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

【2007/07/13 23:40 】
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ノミ潰し
かなりいますね〜〜
そう、ノミの季節なんです。
ここ何年かは、梅雨時期にも、
あまりノミはいなかったのですが、
今年は、例年より多いです

母の話によると、私の不在中は、
ほとんど、うちにいないとか…。
…で、食事時になると現れるらしいので、
例によってひんしゅくを買っているのですが、
実は、私は、どこにいるか知っています。

彼女には、別のねぐらがあるんですね。
私の部屋のすぐしたに位置する、隣家の納戸なのですが、
ご機嫌損ねた時など、必ず、そこに逃げ込むんですね。
私がいなければ、かまってくれる人がいないので、
誰にも邪魔されたない、納戸の中で寝ているはずなのですが、
きっと、そこでノミを拾ってくるのでしょう。

猫といえども、薬はなるべく使いたくないので、
嫌がるのを押さえつけ、プチプチとノミ潰し…。
これも、好きじゃなきゃできませんよね〜

テーマ: - ジャンル:ペット

【2007/07/12 23:47 】
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ステージで上手くなる
ステージってなんなんだろ?
よく「舞台で上手くなる」ということが言われますが、
確かに、そういうことってあるような気がします。

もちろん、日々の練習によっても上手くなり、
レッスンに通うことで上手くなりということだってあるわけですが、
舞台の上でつかむものの大きさには、
どこまでもかなわないのではないかと、そう思います。

結果として踏み台となってしまった過去のステージをふり返る時、
そこに聴衆という存在があったことを思うと、
内心じくじたるものがあるのは事実なのですが、
とにかく、ステージは自分にこの先進むべく道のようなものを、
はっきりと提示してくれるように思えるのです。

一つの曲を手がけていく時、最終的にステージに乗せたら一区切り。
人前で演奏しないままに、終わってしまった曲は、
やはり、どこまでも一区切りにたどり着いてないのではないかと、
そう思うのです。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

【2007/07/11 23:33 】
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春ネコ
うちのマンションの周りには、けっこうな数のノラ猫がいます。
この縄張り争いが結構激しくて、
夕べも夜中に、鉢合わせた猫同士が大喧嘩!
真夜中に聞こえてくる、このウォ〜〜〜〜〜という猫の唸り声は、
まるで怨念の塊のような声色なので、
猫好きでもなければ、たまらなく不気味でしょうが、
私は、どんな猫とどんな猫が対決しているのか知りたくて、
すぐに見に行ってしまいます。

私の里の方では、この発情したオス猫同士の喧嘩は、
大体、春先になると起こるので、
この声が聞こえると「春猫が出た!」などと言っていました。

低いトーンのウォ〜〜〜〜〜という唸りあいから始まるこの喧嘩、
どちらかが降参して矛先を収めない限り、
ウォ〜〜〜〜〜は、だんだんトーンを高めていって、
その内、ウァ〜〜〜〜〜〜〜〜に変わり、
さらに、イヤァ〜〜〜〜〜〜〜となり、
最後には、ギャ〜〜〜〜〜〜〜で取っ組み合いを始めますが、
昨夜の二匹は、幸いそこまでにはいたらなかったようで、
そのうち、声はおさまっていきました。
ノラ猫のことながら、なんだかホッとして寝床に就いた私です

テーマ: - ジャンル:ペット

【2007/07/10 00:12 】
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畑の味
先週、実家に帰った折、
畑にできた初物と、母からもらってきたキューリ。
やはり、味が違いますね〜。
なんというか、当たり前ですがキューリの味がするんです。
なにも味をつけないでも食べられるのは、
やはり、畑から直接取ってきた野菜だけですね

この美味しいキューリで最高のお料理は、
なんといっても、モロキュー。
お味噌をつけるだけなので、
お料理とは呼べないのかもしれませんが、
畑から取ってきたキューリには、
やはり、素材の味が生きるこれが、やはり最高なんですね
【2007/07/09 01:20 】
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プロの実力とは…
以前、友人に聞いた感動的なお話。

ある音楽祭で、世界的に有名なピアニストが演奏中に、
停電になってしまうというハプニングがあったそうです。
突然真っ暗闇になった会場は、息をつめる緊張で包まれましたが、
ピアニストは、演奏を中断することはなく、
闇の中に、ピアノの音が響き続けたそうです。
そして、しばらくして停電は復旧し、
再度、ステージに明かりが戻ってきて、
ピアニストは、その曲を最後まで弾き終えたそうです。
最終和音を弾き終えたあと、
会場は、鳴りやまぬ拍手とブラボーの嵐となり、
聴衆の興奮は収まることを知らなかったとか…。

私は、これが本当のプロの実力だと思います。
…というよりも、このくらいのことができて、
はじめてプロを名乗って良いのかもしれません。

ステージでの演奏が、十分に満足いく結果に終わることは、
そうあることではありません。
それが聴衆の前である限り、演奏とは常に、
多くの不満足を残す性格のものだと思うのです。
そして、だからこそ、その結果における責任を、
自分以外のものに帰することだけは、
絶対にしてはならないと、私は思っています。

ピアノの状態が悪かった、演奏中に会場が騒がしかった、
コンディションが悪かった、直前に嫌ないことがあった…。
どれもみな、私たちピアニストにとって、
最も責任転嫁に好都合な理由です。
でも、どんな悪いコンディションの中でも、
それをうまく乗り越え、
その条件の中で、それなりの演奏を実現できる人がいることを、
忘れてはならないと思うのです。

“運も実力のうち”ということは、
我々の世界でよく言われることですが、
結果が全ての、厳しい実力社会である限り、
それは、背負って立つべく宿命だと思います。
私は、まだまだ先のエピソードのようなレベルから言えば、
足元にも及びませんが、
少しでもそこに近づきたいと、そう思うのです。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

【2007/07/08 00:04 】
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777コンサート
今日は、私の生徒二名が主宰する、
広島の大手ピアノ愛好会の七夕コンサート。
昨年末にクリスマスコンサートを開催してから半年、
今度は、正式なコンサート会場を借りての、
いわゆる本格的なコンサートで大きな発展です。
ホールに入ると、リハーサルの真っ最中でしたが、
演奏会に真摯に取り組もうとしている、
出演者の気持ちが、会場一杯に溢れていて、
その気迫に圧倒されてしまいました。

受付では、手作りのプログラムとともに、
リサイタルのチラシが配布されていたのですが、
そのチラシを見て、また驚き。
それは、いわゆる専門・プロの畑の方ではなく、
趣味でピアノの研鑽を続けている方の、
ソロリサイタルのチラシでした。

おそらくは、少し以前に、
同様にアマチュアピアニストが開催したソロリサイタルに影響を受け、
このような運びになったのではないかな…と思ったのですが、
いずれにしても、わが街広島でも、
このようなことが行われるようになったかと思うと感慨一入…。
…でも、同時に、専門といわれる畑にいる我々は、
このようなアマチュアピアニストの姿勢から、
もっと、色々なことを学ばなければならないのではなかろうか…?
と、そんなことも思ったのです。

私は、もともとそれが土壌のものではない、
日本のクラシック音楽界には、
ある、特有のやむにやまれず生まれた強い性格があるように思います。
そういう、ある種のあくの強いもから開放された、
アマチュアの人たちの活動の中には、
本来、我々専門の畑にいるものこそが、
もっと真剣に問題視しなければならないことに目を向けさせてくれる、
ある強いメッセージが隠されているように思えてなりません。

私は、このピアノが好きで好きでたまらない、
プロ顔負けの気迫を持ったアマチュアピアニストたちに、
とても暖かく受け入れられています。
それは、きっととても貴重なこと。
だから、メンバー一人一人のピアノに対する真摯な思いと、
真正面から向き合って、
我が身をふり返らなければならないのではと思うのです。
【2007/07/07 01:23 】
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雑な書き込み
来週末に控えた伴奏の本番。
先週プローベを終え、最終調整と弾きこみに入っているのですが、
夕べ、運指やアーティキュレーション、ペダルなどの、
譜面への書き込みを、消して書き直しました。
なぜって、自分のやったことではありますが、
書き込み方が、非常に雑なのです。

時間に追われて譜読みをしたこともあるし、
また、音楽的に少し捕らえにくい面があり、
迷いながら譜読みをしたこともあって、
その気持ちが、文字や書き方にそのまんま現れています。

書き込みの雑な譜面を見ていると、
なんとなく頭の中がゴチャゴチャしてきます。
例えば、ゴミの散らかった部屋にいるような、
雑然とした気分になってしまい、
その気持ちにつられて、
音楽がやはり雑然としてしまう気がするのです。

何十ページにも及ぶ楽譜の書き込みを、
消しゴムで消して書き直す…。
軽く1時間はかかりました。
はじめから丁寧に書いておけば、
こんな労力使わないですんだのに…
我ながら、無駄な時間を費やしてしまったと、
いたく反省しております。

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【2007/07/06 00:04 】
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チェルニーのトランスクリプション
移動の車中で、ラジオをつけたら、
フィガロの結婚のパラフレーズ風ピアノ曲が聴こえてきました。
トランスクリプションと言えば、代表者はリスト。
でも、明らかにリストの作風ではありません。
誰の作品だろ?と思ったら、なんとチェルニー先生
正確な題名は「フィガロの結婚のモチーフによる幻想曲」でしたが、
彼がこんな作品を書いているなんて知りませんでした。

さらに、次に紹介された同じチェルニーの作品は、
モーツァルトの交響曲第40番全楽章の、
四手のためのオルガンへのトランスクリプション。
彼がオルガン作品を書いていることにも驚きましたが、
そのアイディアと素晴らしいできには、もっと驚きました。

チェルニーと言えば、
一連のエチュードがあまりにも有名になりすぎたため、
それ以外のイメージがなかなかわきにくいのですが、
こういう作品に触れると、やはり並々ならぬ音楽家であったことを、
あらためて知らされ、頭を垂れる思いです。
彼だって、日がな一日メカニックのことばかり考えて、
五線紙に筆を走らせていたわけではないんですよね…
もちろん演奏者が、超ド級のテクニシャン、
シプリアン・カチャリスであったことも、
作品を光らせた要因の半分ではありましょうが…。
いずれにしても、両作品とも無味乾燥とは程遠く、
ブラボーでした

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【2007/07/05 23:41 】
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弾き込みに要する時間
最近の自分の状態。
曲の仕上げ段階において、
いわゆる弾き込みのための時間が、
以前よりずっと多く必要になっているように思います。
その必要時間の目測を誤らないようにしなければ、
それまでの間に、苦労して取り組んできたことが、
結局は、うまく発揮できないで終わってしまうわけで、
それでは、あまりに報われません。

演奏において実現したいことのレベルが上がれば、
自分の要求が高くなるので、
準備は万端にできるようになります。
でも、準備はどこまでも準備。
全ての手はずをぬかりなく整えたところで、
それは、ただ単に出発する条件がそろっただけの話。
実際にそれを稼動させ、軌道にのせいていくことができなければ、
あまり、意味はありません。

緻密な演奏に自由を反映させるには、時間がかかります。
それに要する時間とは、もしかしたら、
現在の自分が考えている数倍のものかも知れない、
とも思うこともあります。

これから、新曲・持ち曲・ソロ・デュオ・室内楽…、
様々な形態での本番が続きます。
これらのステージが、
きっと何らかの答えを与えてくれるのではないかと思っています。

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【2007/07/04 23:24 】
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ガボット
組曲の中にしばしば登場するガボット。
私にとっては、数ある舞曲の中で、苦手中の苦手の舞曲でした。
もちろん、舞曲というのは、どれを取っても、
私たちに日本人にとって、文化からかけ離れたもので、
いずれも、とらえどころが難しいものなのですが、
アウフタクトのリズムをそのステップに生かしたガボットは、
私には、ことのほか苦手だったのです。

このガボット(のリズム)が、最近になってようやく、
体で感じられるようになった気がします。
弾いていて楽しく、何度でも繰り返し弾きたい気持ちになっています。

この舞曲では、アウフタクトを持った小さなモチーフが、
延々と繋ぎ合わされていくことでフレーズが作られています。
このひねりを加えた単純明快なリズムの繰り返しが、
この舞曲に、得もいえぬ愛らしさと面白さを演出する、
そんな風に思います。
以前、古典舞踊の講習を受けたことのある人に聞いた話ですが、
実際の舞踊では、このアウフタクトから、
いわゆる強拍に入っていく時、
頭が上に伸びていくようなポーズをとるそうです。
このお話は、私に大きなヒントを与えてくれました。

ただ、ここで一つ考えることがあるのですが、
例の有名なゴセックのガボット。
この譜面を見ると、ガボットについての知識がある人は、
一瞬「えっ…?」と思ってしまうのではないでしょうか?
私は、この件については、自分なりの意見を持っていますが、
興味のある方は、是非、楽譜をご覧になってみて下さい。

いずれにしても、難産の末にガボットを楽しんでいる自分が、
なんだかとっても嬉しいのです。

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【2007/07/03 23:57 】
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アップルパイ
アップルパイを焼いた
春先に、近所のスーパーで激安で買った紅玉。
ずっと冷蔵庫に入れっぱなしになっていたのが気になりながら、
雑事に追われて、ずっとそんな余裕もなかったのですが、
昨日、夜中にゴソゴソとやってしまいました。

パイを焼くには、やはり紅玉が一番。
口に残るほどの酸味が、なんとも言えず美味なのです。
ただ、なかなか市場に出回らず、
あったとしても、結構な値段がついています。
今回の紅玉は、少し小ぶりですが、
なんと、6個入りで¥298という激安だったんですね

アップルパイのフィリングは、
多めに作っておけば、冷凍保存ができるので、
6個まとめてフィリングにし、残りは冷凍庫に入れました。
市販のパイシートを使えば、作るのに時間もかからないし、
急なお客様がある時など、前日の夜焼いておけば、
焼きたての本格的アップルパイで、おもてなし。
ティータイムが、豪華に演出できますよ

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【2007/07/02 23:09 】
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芸を磨くということ
自分が進歩するたびに、
以前の自分はこんなこともできてなかったのか…と、
愕然とした思いを抱きます。

でも、その前に自分が進歩を感じた時には、
やはり同じようなことを感じ、
それ以前の自分をふがいなく感じたと同時に、
その時の自分を、えらく心強く思ったのです。

逆算で未来を予測するらば、
また、いつか現在の自分を、
目から鱗が落ちる思いでふがいなく思う日がくるでしょう。
成長とは、そういうものなのだと思います。

芸を磨くということに、キリはありません。
来る日も来る日も自己鍛錬に時間を費やし、
今日よりも明日、明日よりも明後日と、
限りない美を追い求めていくわけです。
誰のためとか、何のためとか、そういうことではありません。
ただ求めたいが故、求めていく。
そこに、理由などないのです。

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【2007/07/01 23:23 】
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