Michel Camilo & Tomatito
友人が貸してくれた、Michel Camilo & Tomatito の2枚のCD。
どちらのアルバムも素晴らしいです。

このランクのものになると、音楽ジャンルの境界線ていうのが、
まったくわからなくなりますね。
つまり、音楽として完成されているっていうことでしょうか…。

二枚のアルバムは、全てスペインものばかりを集めたものですが、
中には、限りなくクラシックに近い感じのものもあるし、
ずっと聴いていると、クラシック音楽として私が知っている、
グラナドスやアルベニス、ファリャなどの音楽と、
ちっとも差がないように思えてきます。

つまり、逆を返せば、一般には、
クラシック音楽としてジャンル分けされているスペインものは、
限りなくジャズに近くもあるんでしょうね。

うん、本当にいいです(*^^*)!

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【2007/06/30 23:30 】
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幹音
またまた、生徒に一杯くわされてしまいました(^^;)。
中学1年生の男の子なのですが、
音楽の教科書の中でてくることで質問があるというので、
今日は、現在使用中の教科書持参でやってきました。
ここには書ききれないほどの、
興味深いまた着眼点の面白い質問ばかだったのですが、
そのやり取りをする中で、長調と短調の話ができました。

まずは、その違いを感覚的につかんでもらおうと思い、
目を閉じてもらい、ハ長調の音階とハ短調の和声短音階を、
並べて弾いてみました。
「一番目と二番目とどういう風に違う?」と聞くと、
「一番目の方は、カンオンだけを弾いていて…」
私は、この答えを聞きながら「なに言ってんだろ…?」
一瞬意味がわからなかったのです。
…というのは、まさか彼が“幹音”という言葉を知っているなんて、
夢にも思っていなかったから…。
何か言い間違えをしたのかと思い、しばしポカンとしていたのですが、
カンオン=幹音と気づき、びっくり!
「ちょっと待って、その幹音て言う言葉どこで覚えたの?」と、
思わず、本筋から外れた質問をしてしまいました。
結論的には、うちにある何かの学習書に書いてあったらしいのですが、
年齢を問わず、あまり生徒を侮るものではないですね〜(^^;)。
油断できません。

ちなみに…、
ピアノの鍵盤で言えば、オクターブの中に存在する7つの白鍵、
つまり、ハ長調言うドレミファソラシを、
専門用語で「幹音」と言います。
これに対して、臨時記号のついたものが「派生音」ですが、
派生音の中には Eis His など、
結果としては白鍵になるものもあるので、
正確には、白鍵=幹音ということではありません。
【2007/06/29 00:04 】
レッスン室 | コメント(0) | トラックバック(0)
From Within
私が大好きな作品「From Within」、
ジャンルはクラシックでなくジャズですが、
作曲者って、Michel Camilo だったんですね。

ジャズ畑の友人からもらったMDで、
覚えてしまうほど聴きこんだ曲で、
ピアノ演奏者はもちろんMichel Camilo、
編成はドラムとベースを加えたトリオだったのですが、
いつも、素晴らしいピアニストだな〜と思っていました。
興味があったので、検索して色んな記事を読んでみたのですが、
この曲の楽譜を探している人は多いようですね。
…で、結論として楽譜はないようですが、
そもそも作曲者のMichel Camilo自身が、
楽譜を読めない人なのだそうです。

楽譜が読めないというのは、
再現芸術がその本質であるクラシック畑では、
まず考えられないことですが、
ジャズやフュージョンの畑ではよくある話。
そして、その演奏能力は楽譜が完璧に読める人と、
なんら変わりはないのです。

つまり、音感・リズム感に卓越したものがあると、
本来、楽譜が読めるとか読めないとかって、
あまり重要なことではないんですよね。
これって、本当はクラシック音楽にも当てはまることで、
演奏作品を自作のものに限ったならば、
楽譜を読める必要はないのです。

Michel Camilo ほどの音感とリズム感があれば、
あのような素晴らしい演奏ができ、
また、たまらなく魅力的な作品が書けるのも納得です!
題名がまた良いですよね〜
From Within(心の奥から)。
うん、何度聴いてもしびれます

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【2007/06/28 01:24 】
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願望を乗り越えて
理由はよくわからないのだけど、何かしら腑に落ちない。
とっても魅力的なのだけど、なぜか満足できない。
こんなことってあると思います。

表面的には、悪いことなど一つもなく、
むしろ良いことばかりが際立って見えているのに、
心の中に理由のない引っかりを感じてしまう。
そういう時って、必ず、物事の奥深いところに、
その原因となるものが隠されているように思います。

その引っかかりを追求して、全てのことをよくよく洗っていけば、
必ず、その原因なるものが姿を表すのですが、
それが見えてくるまでには、時間がかかるような気がします。

でも、それは、その物事を洗っていくこと自体に、
時間がかかってしまうということではありません。
そうではなくて、実際にそれをしっかり洗ってみようと、
自分自身が思えるまでに、途方もなく時間を要してしまうのです。

人間の心の中は、自分の前に現れるものは全て素晴らしく、
都合の良い物ばかりであって欲しいという、強い願望があります。
その願望を裏切られたくないという気持ちが、
望ましくない事実を受け入れることを拒否し、
今あるものを失うことを恐れるのです。

真実を受け入れる課程には、苦しみが伴います。
でも、心の目をしっかりと開き、現実をしっかり見つめ、
そして、それを自分が受け入れた時、初めて気づきます。
自分自身をごまかして、単なる願望にしがみついていた自分が、
どんなに不幸であったかを。



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【2007/06/27 23:36 】
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目を疑った統計結果
一瞬目を疑ってしまいました。

昼間ネットサーフィンをしていたら、ある生保会社のHPにたどり着き、
自分の条件で仮サンプルを作ってくれるという、
可愛いフラッシュがあったので、
面白半分でシュミレーションしてみました。

その画像の中で、死亡保険金の必要性を考えるために、
40代の人の死因を上位から5番目まで表示する場面があったのですが、
第1位が悪性新生物、そして、第2位が自殺だったのです。
当然、第1位は予想通りでしたが、第2位には、
たしか高校の保健体育の時間に習った記憶のある、
心疾患を予想していただけに、自殺の文字を見たときには驚きました。

よくテレビなどで、年間の自殺者数を紹介することがありますが、
40代では、それほど多くの人が自殺によって、
自らの命を絶っているのですね…。
幸い、これまで私は、自分の友人・知人など、
身近な人が自殺したという経験はありません。
…が、自分と同じ年代の人の多くが、
命を絶たねばならないほどの苦しみを抱えているのかと思うと、
なにか、やりきれない気持ちになってしまいました。

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【2007/06/26 23:15 】
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無知
自分の無知や世間知らずに、本当にあきれてしまう…。
そんなことがありました。

他意はなかったのですが、無知であったがために、
ある人の、自分に対する思いやりに全く気づかず、
それどころか、その人の態度を曲解して、
斜めから見ていたことに気づき、愕然としています。
事実に気づいた今、少なくとも、どうにか本人に、
そのことを伝えなければと思います。

芸術などという、最果てのないものに取り組んでいると、
世間のことに疎くなることはよくあることで、
また、そのようなことが許されるもの我々の世界…。

でも、あまりに無知で世間に疎いと、
気づかないところで、人に負担をかけたりすることも、
実際あるんだと、身にしみて感じます。
一人間として、社会に対応できる人間であるためには、
社会の動向を良く知っていなければなりません。

日常からかけ離れたことには、非常に敏感な自分。
それはそれで、悪いことだとは思いませんが、
やはり、人間はバランスが大切。
我が身を、十分に振り返ってみなければなりません。

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【2007/06/25 00:06 】
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今現在あるものを喜ぶということ
誰かの本音に触れる。
どんなに小さなことでも、
“この人は今、心に思うことを自分に伝えてくれているんだ”
と思えた時、人は誰でも、ある種の感動を体験します。
誰かとの間に、つながりを見出せるということは、
たとえそれ小さなことであっても、実際は大きなことなのです。
そして、そんなチャンスは、実はいろんなところに転がってます。

にも関わらず、そういうつながりは、必ずしも、
自分が求めた人との間に見出せるものではないかもしれません。
でも、そうではなくとも、
そいういうつながりを誰かとの間に見出せた時、
人は、初めて気づくのです。

自分が望む人との間に、真のつながりを見出せないでいることを、
嘆き悲しむよりも、
今、そこにそれを見出せた人と自分のつながりを喜ぶことのほうが、
どんなに大切であるかということを…。

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【2007/06/24 01:04 】
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駐輪場
最近良く使うんです。駐輪場。
広島市内には、大きいものが結構多いので重宝しますが、
この駐輪台数、すごいもがありいつも驚いてます。
路上の不法駐輪台数は、もともとすごいものがあり、
それこそ大問題になっていますが、
正規の駐輪場にとめている自転車数もけっこうなもの。
これほどの人が、自転車を愛用しているとは思いませんでした。

はじめは距離的なためらいがあったのですが、
このごろ慣れてきて、中央に出る交通手段はほとんど自転車。
うちからだと大体20分。
合計時間で行くと、バスより圧倒的に短いし、
100円の駐輪料金なんて、バス代や駐車料金比べれば無料同然。
なにより、運動になる

地球に優しく、お財布に優しく、身体に優しい。
良いことばっかりなんですよね〜

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【2007/06/23 00:36 】
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はげ!
この時期、つまり毛がえの時期ですが、
飼い主としてはうっとうしいですね〜。
へやは毛だらけ、抱っこすると、
それこそTシャツは、アンゴラのセーターに早変わり…

もちろん、ブラシでグルーミングするのですが、
ミー子は、グルーミングが実は苦手なんですね。
はじめの内はだまって受けているのですが、
そのうち、モゾモゾと這って逃げ出してしまいます。

もしかしたら、皮膚が弱いのでしょうか?
実は、毎年、こうしてグルーミングすると、
前足の付け根、つまり肩の辺りが、
左右対称に、地肌が見えるほどはげてしまうのです。

左右対称に毛が抜けるのは、
ホルモンバランスが崩れた時らしいですが、
春のグルーミング後、決まってそうなるわけで、
どうやら病気ではない様子。
でも、上から見ると、まるで皮膚病を患った猫ちゃんみたいで、
けっこうみすぼらしい感じなんですよね〜
特に、ベットで眠っているときは、
肩のところが盛り上がるので、余計にそれが目立っちゃって…(^^;)。
もちろん、それでも、と〜っても可愛いですけど…ね

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【2007/06/22 23:34 】
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リズム、和声、そして旋律…?
ここ1年くらいですっかりジャズに心奪われ、
今年は、その畑のプロと本番もあり、
現在、性根を入れて取り組んでいるのですが、
やはり、クラシックほど早く、
ジャズの譜面に対応できるとは言い切れません。

まだ、いきなり即興の領域ではないので、
演奏するものは、すべて丁寧に書き下ろしをするし、
よいアレンジが出版されているものは、
まずは模写ということで、既存の版を使用していますが、
とにかく手につくまでに、
クラシックの作品の数倍は時間がかります。
特に、おもに左手が受け持つ和音伴奏パートは、
弾いている和音の構成音に馴染みがない上、
次にやってくる和音への想像力が乏しいので、
一度さらって弾けるようになったものも、
時間がたてばすっかり忘れてしまい、
結果音を引っ掛けて、和音を濁してしまう…という惨憺たる現状

コードネームを互いの動かぬ約束事として演奏するジャズで、
和音を濁してしまうことに、許しがたいものを感じるので、
う〜ん、このままではダメだ…と思い、
知恵を絞った挙句、演奏する時の譜面の見方を変えてみました。

演奏感覚を鈍くしている左手のパートのみを、
通常より早めに目で追いかけるようにする。
メロディーに少々危うさを感じても、
左の伴奏パートからは目を離さず、
和音構成音だけは、絶対に外さないように気をつける。
この方法が、思った以上に効果的です。
やってみると、左手をしっかり把握して確実に演奏できると、
右手のメロディーは、それにつられて自然に上手く演奏でき、
ミスをしなくなるのです。
やっているうちに、この感覚が、
クラシックの作品をより上手く演奏するために、
大いに役立つのではないかと思えてきました。

音楽の三要素である、リズムと和声とメロディー。
もちろん、どれもが大切であるからこそ三要素なのですが、
ハンス・フォン・ビュローに習って、
私の意見も、「はじめにリズムありき」。
そして、もしかしてその次は和声なのかな…などと思います。
しっかりとしたリズムと和声の枠組みがあれば、
一番表に出てくるメロディーは、
おのずと美しく、そして自由に演奏できるのかもしれません。

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【2007/06/21 00:08 】
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価値観の混乱
何かあった時に、お詫びを表す言葉である、
「すみませんでした」とか「申し訳ございませんでした」。
日本では、たとえ自分に非がなかったとしても、
この言葉を使うことで、最悪の事態が免れることは、
人間同士のコミュニケーションにおいてよくあることです。
それどころか、実際に犯した過ちが、
この気持ちをこめた謝罪の一言で、帳消しどころか、
両者の関係にプラスに作用することでさえ、
珍しいことではありません。

…が、ところ変われば状況もまた一変。
もしヨーロッパで、この言葉をうかつに口にしようものなら…。
本来全く責任のないことまで、自分自身が背負うことになり、
いわゆる損な役回りを一手に引き受け、
自分が潰れていくこともままあること…。
そして、もしそうなった場合も、全ては自分が言ったことに対して、
自分自身が責任を負うのは当然のことと、
あっさり受け流されてしまうのが一般的な解釈です。
これは、国民性の違いからくるものですが、
それほど、日本とヨーロッパでは色々な事情が違います。

20代のほとんどを、ヨーロッパで過ごした私には、
帰国当初、この感覚の転換が非常に困難でした。
帰国後10年を数える現在では、
以後色々な経験をさせていただいたおかげで、
ずいぶん上手く、場面に応じた表現ができるようになったと思うのですが、
率直に言えば、そういう場合に、自分の内面では、
まだ、絶えずある種の混乱を感じているような気がします。

20代といえば、精神的には、
子供から大人への架け橋にあたるような時期で、
それこそ、ものの見方が大きく変化する年代。
その時期を、異国の地で過ごしたことが、
私の人格形成に、大きな影を落としていると、
ことあるごとに、やはり感じてしまうのです。


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【2007/06/20 23:54 】
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精神を清潔に保つ方法
最近、意識的に務めていること。
「何事も後回しにしない」
つまり、しなければならないことや、しようと思ったことは、
どんなに小さなことでも、今すぐに片付けてしまう。

このようなことを思いはじめたのは、
先日紹介した「そうじ力」という本がきっかけなのですが、
実際に、色々なことを実行してみて、
この取るに足らない日常的なことが、精神を清潔に保つために、
どれほど大きな役割を担っているかを、身にしみて感じています。

これまで、悩んだ時には自分を掘り下げ、
その原因となっているものを、心の中から排除することが、
私の悩みを解決方法だったのですが、
心の問題を解決する方法って、
自分の内面に目を向けることばかりとは限らないのかもしれません。

肉体と精神は一対のもの。
我が身を置く場所を清潔に保ち、
やるべきことの山を築かないようにすることが、
精神を清潔に保つための、最も身近な第一歩なんですね。

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【2007/06/19 23:53 】
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価値観の違い
自分にとって重要なことが、
他の人にも、同じように重要であるとは限りません。
同様に、自分にとってはさほど重要でないことが、
他の人にとって、とっても重要であることもあり得るのです。

言葉にしてみれば、そう難しくもないことで、
ごくごく当たり前のことですが、
いつ何時でも、このことをしっかりと認識し、
思いやりを持った行動をすることは、
とっても難しいことだと思います。

価値観の違いなどと言ってしまえば、
なんだかありふれた感覚になってしまいますが、
実際、価値観とは思った以上に多様で、
互いに悪意がないにもかかわらず、
その違いが、大きなトラブルを引き起こすことも、
珍しくはありません。

自分はこう感じるけど、相手はどう感じるだろう?
自分はこう思うけど、相手は本当にそう思うだろうか?
このような問いかけが、意識しなくともできるようになることを、
心理学の中では、“自己と他者の完全な分離”と説明していますが、
ここに到達したとき、人ははじめて、
一人間として自立したといえるのだそうです。

常にその人自身をよく見つめ、
相手の立場にたって、思いやりを持った行動をする。
なにより自分自身のために、そうありたいものです。

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【2007/06/18 01:08 】
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このしろ
スーパーの鮮魚売り場で、
生食用のこのしろを見つけて飛びついた
“このしろ”、一般には“コハダ”と言われる青魚ですが、
この辺りの方言で“このしろ”と呼ばれています。

海が近い私の里では、獲れたてのこのしろが、
しばしばただ同然の値段で売られているので、
このお魚は、安くていつでも手に入る、
というイメージが強いのですが、
都会にいけば、これが結構高価で、
あまり市場に出回ることもないようです。

実家に住んでいたころは、まだ鱗の光っているこのしろを、
\198くらいで4〜5尾も買ってきて、
半分はお刺身に、そして残りの半分は酢じめにして、
畑でとれたキューリとあわせて、よくキューリなますを作りました。

なますといえば、を思い浮かべる人が多いでしょうが、
このしろとの相性は、にも勝るもの。
好みで、青じそとか生姜を加えると、さらに美味しくいただけます。

…というわけで、今日も、半分はお酢につけて冷蔵庫に!
明日は、キューリを買ってきて、
久々に大好物の、このしろとキューリの膾です
【2007/06/17 00:14 】
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年齢を重ねるということは…
若いころは、ほとんど意識しなかったことですが、
最近、誰かとの間に縁を作るということに、
自分自身への大きな責任を感じることが多くなりました。

一つの縁を作れば、その縁からまた次の縁が生まれます。
つまり、人間関係を上手く築くことができれば、
その関係を通じて、ポジティフな自分がどんどん広がっていきます。
そして、逆もしかり。
誰かと関わる上で、人に不快な思いを与えたり、
悪いイメージを残すようなことをしてしまえば、
そのネガティフな自分が、外へ外へと波及していくのです。

つまり、自分を発展させるか否かは、どこまでも自分次第。
年齢が若いうちは、“若気の至り”などという言葉の通り、
経験のなさということで、全てを多めに見てもらえますが、
ある程度の年齢になると、自分の行動一つ一つが、
即、その人の人格として理解されてしまうわけですね。

「年齢を重ねるということは、大きな意味を持つことなのよ…」
以前、ある大変苦労をした人が、こんなことを言っていましたが、
その時の深い思い入れを持った語り口調を、
しみじみ思い出す、今日この頃です。

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【2007/06/16 00:02 】
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これって…?
ここのところテレビで話題になるニュースと言えば、
年金問題、コムスン…と、耳を覆いたくなるような、
実にずさんなお話ばかり…。

今日もまた、お昼時にテレビから、
どことやらのお役所の役人さんが公金を横領し、
自分のカードローンの返済に充てたなどという、
ニュースキャスターの声が聞こえてきましたが、
この手のニュースは、そう珍しくもないため、
聞く方側からしたら、「またか…」という感覚。

こういう場合、大体何ヶ月かの減給措置などか取られるようで、
メディアの前では、深々と頭を下げながら、
実に、表面的な謝罪を申し立てていますが、
処罰をこれだけにして本当によいのでしょうかね〜?
例えば、道端で人の財布をひったくったり、
泥棒に入って、人の家から盗みを働けば、
それは犯罪になり、それなりの刑事的処罰が与えられるわけで、
同等の金額を返済すれば、それで罪まで帳消しになるってわけには、
実際、いきませんよね。
公金に手をつけるって、結局これと同じことを、
ただ、組織の中でやっているだけだと思うのですが、
どうなんでしょう?

私は、法律が専門ではないので、詳しいことはわかりませんが、
この類のニュースを聞くたびに、
なにか腑に落ちない気持ちになってしまうんですよね〜

【2007/06/15 00:19 】
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協奏曲の伴奏譜
協奏曲の伴奏譜には、使いやすいものと、
使いにくいものがあると思います。

つまり、オケの音をそのままピアノに移し変えたものではなく、
ある程度シンプルに整理して、
省略可能なものはできるだけ省いたものの方、
やはり、使いやすいですね。
なぜなら、オケのように多くの楽器、
しかも減衰振動楽器で演奏すれば美しく響くものも、
ピアノ一台でそのまま演奏すれば、
声部が混乱したり響きが混ざってしまい、
音楽の輪郭が雑然としてしまうことが少なくないからです。
もちろん、演奏技術によって、
それをコントロールすることは不可能ではありませんが、
まったく異なった楽器で演奏するのと、
ピアノ一台で演奏するのには、
やはり本質的な違いがあると思うのです。

もちろん、オリジナルに近い形で書き下ろされた楽譜は、
それをそのまま演奏するのでなく、
ある程度、演奏者が自分で整理して演奏することを、
期待しているのかもしれませんが、
コンチェルトのオケ部を、
仮にピアノで伴奏するという役割的なことを考えた場合、
シンプルにまとめられた譜面に、
より多くの思いやりを感じたりするわけですね。

その思いやりを強く感じるほど手間をかけたであろう、
本当に良くできた伴奏譜って、あると思うんですね

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【2007/06/14 22:59 】
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やっと雨が降りました。
もう2〜3日前に梅雨入りはしていたようですが、
今日になって、やっと雨です

今年は梅雨入りが遅れましたが、
気象状況からすると梅雨明けが早まるそうです。
それにしても雨が降りません。

先日実家に帰ったら、母が畑で取れた、
化け物まがいに大きくなった玉葱を見せてくれました。
うちの田舎では、まだ農業をしている人も多いのですが、
今年は、どこの畑でも、玉葱が異常肥大しているとか…。
その上、雨が降らないので、
キューリがうまく育たないと嘆いていました。
この分では、今年も農作物が心配です。

どんどん進んでいく異常気象。
地球の未来は、大丈夫でしょうか…
【2007/06/13 00:30 】
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またまた!
マンションのエレベーターで、
またまた乗りあってしまいました。
可愛いワンちゃん
ミニチュアダックスフントなのですが、
両耳の脇に、緑のリボンをつけてもらって、
コレが最高に似合ってるんです
女の子なんですかね〜?

私は猫派なので、ワンちゃんを見て、
猫に感じるほどの可愛さを感じることって少ないのですが、
今日のワンちゃんは、本当に可愛かったです。
あ〜私もやっぱり、
ちゃんと一緒の生活がしたいです!
【2007/06/12 00:04 】
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そうじ力
生徒が、面白い本をプレゼントしてくれました。
題名は『3日間で運が良くなるそうじ力』
少し風水に考え方が似ているのですが、
部屋が汚れていると運気が下がっていく、
運気をあげるためには、不要なものは処分し、
部屋の隅々までよく掃除し、自分の周りをいつも、
澄んだ空気とプラスエネルギーで取り巻きましょう…、
といったような内容です。

この本の内容を、そのまま信じるかどうかはともかく、
そいうことって、実際あるかもしれないなと思います。
つまり、いつでも身の回りを綺麗に整えて
自分を新鮮な空気で取り巻き、清潔な気持ちでいられれば、
その心持が表情や物腰に反映させるのは当然のこと。
それに連動して物事がうまく運んだり、
人間関係がスムーズにいくのは、自然な成り行きとも言えるでしょう。

毎晩、寝床でこの本を読みながらフムフム!
そして、いざ自分のことを反省してみると…。
整理整頓には気をつけているつもりだったのですが、
ありますね〜〜けっこう…
1か月分もためてしまった領収書の山。
今度の休みに整理しようと思いながら、
2ヶ月前からテーブルの上に積んである譜面のコピー。
きっと読むだろうと思いながら、
半年前からマガジンラックに置きっぱなしの雑誌。
バルコニーのゴミも、けっこう溜まっています

…というわけで、今日は半日かけて、
バルコニーとリビングルームのお掃除。
それから、厚手の敷物を押入れにしまい、
領収書と帳簿の整理もすませました。
まだまだ、そのうちやろうと思っていることが、
他の部屋にも残されているので、“そのうち”はもうやめて、
明日も、引き続きお片付けすすめていこうと思います

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【2007/06/11 23:33 】
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ラム酒
ラム酒というのは、本当に重宝するお酒です。
お菓子作りにおいて、このお酒が大活躍するのは周知の通り。
独特の香りが甘みを引き立て、
お洒落な雰囲気と高級感をかもし出してくれます。

そして、このお酒は、コーヒー&紅茶との相性も抜群です。
コーヒーならブラックでもカフェオレでも○。
紅茶でも、ストレート、ミルクティーのどちらもいけますし、
フルーツティーなどに一滴隠し味(風味)的に使うと、
それだけで、ずっと美味しくお茶が楽しめます。

私は、お酒が好きなので、結構多めに入れてしまい、
後になって、しまった…と思うことが多いのですが、
一度、この味に慣れてしまうと、なければ寂しい感じさえします。
ほっと一息入れたい時、少しお洒落な気分に浸りたい時…、
皆さんも、是非、お試しください。
ただ、車の運転前だけはですよ
【2007/06/10 00:10 】
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ジャズのプローベ
ジャズサックスの藤井政美氏と9月の演奏会のための初合わせ
これまで、趣味のジャズプレーヤーとの交流の中で覚えたことや、
独学で蓄えた知識、またクラシックの世界での経験をもとに、
勘を頼りとした、自分なりの準備を進めてきたのですが、
実際に、その世界のプロの方と合わせをするんは初めて!
ジャズの合わせなるものが、一体どんなものかを、
期待と不安の入り混じる気持ちで迎えたのですが、
パート分けの打ち合わせや音楽構成の取り決めも、
思った以上に合理的にスムーズに進みました。

なにより、ジャズサックス独特のサブトーンや、
クラシックの中にはあまり出てこないリズム、巧みなアドリブ…。
これまで、CDでしかきたことのない音を生で聴くことができて、
私の耳はご満悦です

ジャズの合わせは、フレーズ構造と和声の取り決めを骨組みとして、
実際譜面には書かれていない音を両者が出していくことで、
合わせが進んでいくのですが、
この感覚が、クラシック専門の私には本当に新鮮でした。
つまり、クラシックのように、
目の前に書かれている一音一音をあわせているわけではないので、
自分たちが演奏していながら、相手の音が、
まるでコンサートのような感覚で聴こえてくるんですね。
出す音全てが取り決められている中で、
そのニュアンスを追求していくクラシックとは違った世界。
ある意味で、ずっと強く自分の音楽を演奏してるという感じです。

そもそも、バッハの装飾譜や編曲をやり始めると、
他のことそっちのけで、かかりきってしまう私ですから、
もしかして、こっちの世界の方が趣味に合っているのかもしれません!
ピアノパートのアドリブは、
現在のところ書き下ろしたものを使っているのですが、
いつかは、こういう即興が、
自由にできるようになりたいって思いますね〜



【2007/06/09 00:14 】
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サボテン
10年前にウィーンから連れ帰ったサボテンが、
去年から花を咲かせるようになりました。
これが、淡いピンクのとっても大きな花なんです。

もうきっかけなど忘れてしまいましたが、
私は、ウィーンのアパートメントの窓辺で、
鉢植えのサボテンを栽培してたのです。
そして、しばらくすると、
そのサボテンに、なんといっぱい子供ができたのです
はじめは何かと思ったのですが、
サボテンの針の根元の方が膨らんできて、そこに子サボテンが、
まるで小さな果実でも実るように育っていくのです。
一つ二つならまだしも、みるみる内にボコボコの鈴なり
この子沢山サボテンの多産は、なんと私が帰国するまで続きました。

帰国する際、親サボテンは、
私の後に、その部屋に入る人にあげてしまったのですが、
別れてしまうのがあまりに忍びなかった私は、
小指の先ほどの子サボテンを二つ三つむしり取り、
アルミ箔に包んでバックの中にしのばせ、
こっそり日本まで連れ帰ったのです

在住中、この子サボテンを何人かの友人に上あげたのですが、
そのうちの一人が、北海道に帰国する際、
私同じように飛行機で連れ帰ったようで、
昨年の年賀状で、花が咲いたという知らせをくれました。

10年の歳月を経て、サボテンの兄弟が、
北海道を広島で花を咲かせているなんて、
なんだか感慨深い思いです。


【2007/06/08 23:48 】
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ゲンキン
我がネコながら、本当にゲンキンだな〜と思います

ミー子の宿敵は、実家の母なのですが、
マンションパニックによって、
実家で暮らすことを余儀なくさせられて以来、
私が不在の週5日の事実上の飼い主は、必然的に母ということに…。

彼女のこの生活形態も、かれこれ一年になろうとしているこの頃、
私がいない間は、けっこう仲良くできているみたいで、
食事の支度を始めると、餌をねだりに来るのも日課になっているとか…。
そんな話を聞くと、生みの親(?)としてはホッと一安心です。
…が、私が実家に帰っている間だけは、
以前の宿敵が、再び現在の宿敵に逆戻りしてしまうんですよね〜

実家では、私が練習している間は、隣で眠っているか、お膝の上ですが、
母がレッスン室に入って来ると、ピアノの下にもぐってしまい、
毛を逆立てて「ハ〜〜」と威嚇をはじめます。
この姿からは、とても餌をねだるなど想像もできません。

「お前は、本当にゲンキンな奴だ!」
と母から嫌味を言われると、それも嫌なのか、
部屋からピュ〜っと飛び出して行き…(^^;)、
まぁ実際この行動は、我が子ながら可愛くないですね〜。
これは、親バカの目から見ても、たしかに充分ゲンキンですわ(^^;)。


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【2007/06/07 23:48 】
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一匹狼
人間同士の微妙な心の綾だとか、
ある人の取った行動の深層心理に潜むもの、
つまり、人間関係のあらゆるトラブルの元凶となるものを
私情を交えることなく冷静且つ客観的に把握し、
それぞれの人の立場と気持ちを理解しながらも、
その一方で、適切な判断と処置を加え、
人間関係をさばき、取りまとめていく力のある人。

そいう人とは、意思の疎通を計るのが本当にスムーズです。
物事を深く見抜いているので、話し合いに説明の必要がなく、
物事に激昂したり、感情的になることがないので、
いわゆる、大人同士の話し合いができるんですね。

大体、そういうタイプの人は一匹狼の道を歩むことが多く、
そして、ある程度の成功をおさめる人でもあると思いますが、
やはり、自分に余裕があるということだと思います。
自分にとって良いことも悪いことも、
また、利益になることも不利益になることも、
あらゆることを鋭く見抜いていながら、悠然と構えている人。
私にとって、大きな安心感を与えてくれる人です。

テーマ:こころ - ジャンル:心と身体

【2007/06/06 00:56 】
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とりあえず急務なこと…
ダイエット…

うちのバスルームの脱衣所には、
体脂肪計のついたヘルスメーターが置いてあり、
毎日お風呂に入る前には体重を計って、
一応、ウェイトコントロールなるものをしていたつもりなのですが、
「ウナギのぼり」という言葉は、
私の毎日の体重の更新記録のためにあるようなもので、
あっという間に、これまでの最高記録に達してしまいました。
これは、もう見てくれ以前に不健康の領域。
ちと、本気で考えることにしました。

甘いものを断つのは厳しいですが、
しばらくの間は、辛抱です
【2007/06/05 21:43 】
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良い音
良い音が出せるようになる。
これができるようになると、演奏が見違えるようにガラッと変わる。
…が、簡単なことではありません。
ピアノ演奏におけるあらゆる課題の中で、
おそらく、このことが最も時間を要する課題ではないかと思います。
なぜなら、それは単に技術上の問題から音楽的問題まで、
ピアノ演奏上ののあらゆる問題が関わってくるからです。

例えば、楽譜に書かれたことをきちんと守って弾くなどということも、
言うほど簡単ではないのが、実際にやってみればわかるのですが、
読譜ということを、ごくごく表面的なことに限ってしまえば、
譜面どおりに弾くということは、できるようになってしまえば、
そう、たいしたことではないわけで、
単に、慣れとか習慣の問題として片付けることは充分可能な話。

しかし、音の質を求めていくとなると、
そう簡単にはいかないのが、当然といえば当然のこと。
究極的なところを言ってしまえば、答えなどないのですから…。

でも、答えがないのなら、一体どうしたら良いのか…?
とうことになるでしょう。
仕方ないから、教える時には、ごく一般的な打鍵の方法など、
基礎的なことを、知識として授けていく以外にはありません。
後は、生徒自身が、それをどこまで真剣にそして気長に取り組み、
また、一方でそれだけにとどまることなく、
創意工夫を凝らして進歩発展させていくかに、
かかっているように思えます。

「これが良い音」なる、習得可能なマニュアル的な音は存在しません。
例えば、素晴らしい音を出すピアニストに師事して、
その人の弾き方を寸分違わず真似たとしても、
全く同じ音を出すことができるわけないのです。
いや、たとえそれができたとしても、
誰かのコピーになることに、なんの価値があるでしょう?
そうではなくて、自分自身の良い音を、
どこまでも探求し創造していくのです。
ゆるぎない真の解答は、
自らが求めていくことで与えられるものだと思うのです。

テーマ:ピアノ - ジャンル:音楽

【2007/06/04 00:22 】
レッスン室 | コメント(0) | トラックバック(0)
迷子様
某ショッピングセンターでよく耳にする、気になるフレーズ…。
「店内のお客様に、迷子様のお知らせをいたします。」

迷子“”…ですか…
これって、いわゆる丁寧語とかになるんでしょうかね…?
たしかに、お店にとってお客様は神様で、
その精神を貫いている、お店のマニュアルによるものなのでしょうが、
なにか、この“迷子様”には、違和感を感じないでいられません。

最近日本語が乱れてきて、敬語を上手く使えない人が増えているそうですが、
それだけでなく、商品のパッケージなどに示された注意書きなどにも、
尊敬語・謙譲語・丁寧語などを取り違えたり、
敬語を重ねすぎて、正しくない日本語になってしまっている文章が、
堂々と印刷されていることも少ないくないようです。

この、“迷子様”という言葉を聞くたびに、
〜様、という語尾をつけることによる謙譲表現は、
どこまでが常識的範囲なのかな…という疑問が、頭の中をよぎります。
これによく似た類似パターンで、
上品さを表現するために、語幹に“お”をつけるのが行き過ぎて、
ぎくしゃくした滑稽な言い回しになってしまうというのがありますが、
これも、どこまでが一般的と感じるかは、人によって差があるでしょう。

私は、日本語が専門ではないので、詳しいところまでは良くわかりませんが、
なんとなく、“迷子様”には、際どいものを感じてしまうのです。



テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【2007/06/03 00:45 】
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感動的な出来事
小さな誤解によって、どうしようもない閉塞感の漂っていた関係…。
でも、やっと閉じてしまっていた相手の心が開き、
自分に対する暖かい感情を感じることができた時、
それは、いたく感動的な出来事であったりします。

誰かとの間に、心の交流を感じられることこそ、
人にとって、最も幸せなこと。
人は皆、他人に受け入れられたと実感することによって、
宿命的な孤独から開放されていくのですから…。

そして、自分が受け入れられるには、
まず、相手を受け入れてあげなければなりません。
たとえ、相手の最悪な面に触れたとしても、
感情に支配されることなく、相手を尊重する気持ちを失わずにいれば、
再度、お互いの最良の面で関わりあえることもできるのです。

自己を超越する。
簡単なことではありませんが、もしそれができたなら、
そこには、多くの感動体験の可能性が待っているのだと思います。
【2007/06/02 23:04 】
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イェリネック
書棚を整理していたら、
しばらく忘れていた、珍しい楽譜が出てきました。
ハンス・イェリネック(Hans Jelinek)という、
ウィーンの作曲家の「四つのトッカータ」です。

私の留学先のウィーンでは、試験の時に“Wiener Schule”といって、
ウィーンの作曲家の作品が、課題に課されることがありました。
Wiener Schuleの代表格といえば、なんといっても、
12音技法のベルクとシェーンベルク。
ですが、このベルクやシェーンベルクの類が、私は大の苦手。
それで、他の人がどんなものを弾いているか色々調べたところ、
友人が演奏していた、この四つのトッカータの響きは、
大きな違和感を感じることなく受け入れられたので、
この楽譜を購入したのです。

この作品は、やはり12音技法で書かれているらしいのですが、
ベルクやシェーンベルクとは、全く趣の違った響きで、
極端な不協和を感じさせず、その上リズムに洒落っ気があるのです。

イェリネックの他にも、留学時代に手に入れた、
イタリアやポルトガルの作曲家の、珍しい楽譜が数冊ありますが、
これらは、間違いなく現地でしか手に入らない貴重なものですね。
公開の演奏会では、なかなか使えませんが、
また、いつか音にしてみたいものです

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

【2007/06/01 00:26 】
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